経済散策 by ポケット

RGO24の’ポケット’記者と共に歩く「経済散策」・・・経済の生きた本になって経済を通した神様の摂理歴史を証するためにペンを取りました。主と共に美しく神秘的な天国の経済散策路を歩いてみませんか?

칼럼_연재칼럼_経済散策

大統領弾劾と依頼人ー代理人問題

大統領弾劾
大統領弾劾決議案が容認されたことで、憲政史上初めて大統領が罷免された。
弾劾が触発された根本的な理由は、憲法裁判所の判決でも説明したように、パク・クネ政府が引き起こしたチェ・スンシルの国政壟断とこれを通じた大統領の私的利益のための地位と権限の濫用である。
国民の代理人に過ぎない大統領が、自分の目的達成のために、依頼人である国民の「選択」を嘲笑したのである。その一方で、自分の過ちを認めず、国家と国民のための正当な政策行為だったという弁明ばかり並べ立てた。これに対する主権者である国民の怒りが弾劾裁判につながったのである。

依頼人-代理人問題
一般的に契約関係において権限を委任する人を依頼人(principal)といい、権限を委任される人を代理人(agent)という。依頼人と代理人の関係は、株主と専門の経営者、地域住民と国会議員など、現実に多くの事例が存在する。依頼人-代理人関係は、依頼人がすべての仕事を直接遂行することが不可能だったり、費用が掛かり過ぎるために、自分よりも有能な代理人に権限を任せて仕事を代わりにしてもらう委任関係に基づいている。
このような依頼人-代理人関係において、大統領は代理人であり、依頼人は国民である。大韓民国憲法第1 条第2 項の規定でも「大韓民国の主権は国民にあり、すべての権力は国民から生まれる。」と、このことを明らかにしている。
しかし問題は、代理人と依頼人の利益が常に一致するわけではないという点である。これは、代理人が依頼人の利益よりも自分の利益のために行動する時に発生する。1976 年にハーバードビジネススクールのマイケル・ジェンセン(Michael Jensen)教授とロチェスター大学のウィリアム・メックリング(William Meckling)教授は、これを情報の非対称性(information asymmetry)と呼んだ。つまり、代理人は自分の行動について完全に知っているが、依頼人は代理人の内情を簡単に知ることができないということである。簡単な比喩を挙げると、アイスクリームのお使いを頼んだ人の好みをよく知らない使いの者がアイスクリームを選ぶようなものである。

モラルハザードと逆選択
このような情報の非対称性は「モラルハザード(moral hazard)」と「逆選択(adverse selection)」の問題を誘発する。
依頼人の利益実現のために努力すべき代理人が、与えられた状況を自分に有利に利用して、依頼人ではなく代理人自身の利益のために努力することが、代理人の「モラルハザード」である。これは、依頼人が代理人の行動を効果的に観察したり監視したりすることに時間的、物理的限界があるせいである。見方によれば、政治家の不正や腐敗もモラルハザードの一側面だと言える。
「逆選択」は、情報が不足している依頼人が自分に不利な決定と選択をする状況をいう。代理人の能力に関する情報が不足していて、依頼人が代理人の能力に比べて、より多くの報酬を支給したり、あるいは基準に達していない代理人を選択したりする状況である。一種の「選択ミス」である。政治家を選挙で選出する際に候補者に関する情報が不足していたり、誤った情報等によって「逆選択現象」が発生する。
結局、このようなモラルハザードと逆選択によって、我々の社会は、より多くの費用を支出することになり、多大な損失を被ることになる。
これまで検察の捜査、国会聴聞会などを通じて明らかになったパク・クネ前大統領の政治的行動を見ながら、国民は驚きを隠せなかった。何が間違っていたのだろうか?依頼人-代理人理論に照らし合わせてみると、投票権を持つ国民が資格のない大統領を選出した逆選択の問題と、そのような誤った選択で選出された大統領が依頼人の利益ではなく自分の利益のためだけに行動したモラルハザードの問題が結び付いたためと考えられる。

心情倫理と責任倫理
今後、我々は2 ヶ月以内に新しい大統領を選出しなければならない。再びこのような逆選択とモラルハザードが発生しないように、国民と候補者は皆、今回の大統領弾劾の事態を他山の石にする必要がある。代理人は依頼人のための情報を積極的に公開して共有すべきだし、ただ依頼人の利益に合う仕事だけを推進し、腐敗や不正に加担するモラルハザードが発生しないように注意すべきである。そして、国民は候補者の政策を徹底的に検証して投票に積極的に参加するなど、依頼人としての役割を果たさなければならない。
また、新しい大統領は、マックス・ヴェーバー(Max Weber)が、彼の著書「職業としての政治」で述べた「情熱、責任、バランス感覚」を備える必要がある。
情熱は大義に献身する姿勢をいう。そして大義への献身としての情熱は、大義への責任意識を呼び起こすものでなければならない。そのためには、現実を客観的に熟視することができ、また、バランス感覚も持たなければならない。しかし、ヴェーバーが政治家に究極的に強調したかったのは、責任意識である。
ヴェーバーは、「心情倫理」と「責任倫理」という概念を提示しながら、「心情倫理家」は自分の信念の実現がもたらしうる結果は度外視したまま信念の実現そのものにばかり執着する人」だと述べた。純粋な心情で行なった行為が悪い結果をもたらした場合、その責任を世に転嫁する。他の人が愚かで、または神が人間を愚かに創造したことが過ちだというのである。
一方、「責任倫理家」は、人間は欠陥があり、人間が完全で善だと前提する権利が自分にないことを認めている。自分の行動が予測可能な範囲にある結果をもたらした時、その責任を他人に転嫁しないで自分の行動のせいだと言う。
ヴェーバーは、政治家ならば、この二つの倫理の間のバランス感覚を持つべきだと強調している。ところが、パク・クネ前大統領をはじめとする多くの韓国政治家は、ただ「心情倫理」だけを盲目的に追求しながら、責任は互いに押し付けあって否定するのに忙しかった。そのくせ、自分たちが持っている権限をただ個人の優れた能力のおかげで得たという錯覚に陥って、これを私的利益や所属する組織の利害関係のために悪用するのに熱を上げた。
今後、政治家はこのような錯覚から脱し、国民から権限を委任された代理人に過ぎないという事実を正確に認識しなければならない。そして、自分たちが行なった結果が国民の理解と矛盾する場合、それに伴う責任を厳重に負うことができなければならない。

政治とは位置を定めてあげること
10 日、弾劾裁判の日の朝、憲法裁判官の権限代行だったイ・ジョンミ裁判官は頭にカーラーを巻いたまま出勤した。おそらく弾劾裁判を円滑に締めくくるために急いで緊張した心で出勤しようとして、頭の手入れも忘れてしまったようだ。もしセウォル号惨事当時、TV に映ったパク・クネ前大統領の頭にこのようなカーラーが巻かれていたなら、国民のどこの誰が大統領を弾劾しようとしただろうか?
鄭明析牧師は「政治とは位置を定めてあげることだ」と述べた。新しい大統領は、国民の代理人として、適切な政策を通して傾いた外交、安保、経済、福祉など国政全般の位置を定めてくれ、同時に乱れて傾いた国民の心の位置も定めてくれることを期待する。


조회수
2,712
좋아요
0
댓글
14
날짜
2017/03/10