経済散策 by ポケット

RGO24の’ポケット’記者と共に歩く「経済散策」・・・経済の生きた本になって経済を通した神様の摂理歴史を証するためにペンを取りました。主と共に美しく神秘的な天国の経済散策路を歩いてみませんか?

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最後通告ゲーム

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最後通告ゲーム

 「最後通告ゲーム(ultimatum game)」というものがある。1982年、ドイツのフンボルト大学の社会学者W. Guth研究チームが開発したゲームで、ゲーム方法は簡単である。

 

AとBが分け合う総金額が決まっていて、総金額のうち一部の金額をAが提案したら、Bがこれを受け入れるかどうかを決める。BがAの提案を受け入れれば、Aの提案どおりの金額が分配されるが、拒否すれば、二人とも一銭ももらえなくなる。例えば、10万ウォンのうち、Aが自分が7万ウォンを得て、3万ウォンをBに与えると提案した時、Bがこの提案を受け入れれば、Aは7万ウォン、Bは3万ウォンを得ることになるが、提案を受け入れない場合、AとBは二人とも一銭も得られなくなる。 提案はただ一度だけ可能なので、最後通告ゲーム(ultimatumgame)と呼ぶ。

 

この実験を産業社会に住んでいる人々に対して行なった時、大部分の参加者は50対50の分け前を提案し、30%以下を提案した場合、概して拒否された。もちろんこのような結果は経済的合理性という概念に外れる行動である。10万ウォンのうち1万ウォンをもらうことになっても、一銭ももらえないよりましなので、経済的合理性を持っている人ならばAが1万ウォンを提案してもこれを受け入れる方がより良い選択になる。厳格に合理的な観点からすると、金額が0ウォンでさえなければ、提案される人は無条件提案を受け入れなければならない。

 

ところが人々はそのまま受け取ればあぶく銭が生じるにもかかわらず、ただ不公正だという理由で提案を拒否する。この実験は、人間の行動と意志が非常に多様な要因によって決定されるという事実を教えてくれる。すなわち、人間は単に利己的な心に従って行動する存在ではなく、時には利益を放棄するとしても公正さを基準に行動し、自身の選択が社会的にどんな影響を及ぼすのかを考慮して行動するという事実である。実際に個人主義が発達した民族や村や都市であるほど、最後通告ゲームで9対1に近い提案を多くする反面、相互扶助や共同農作が発達した村では5対5の提案をする比率がより高く現れる。

 

信頼ゲーム

最後通告ゲームと類似したものとして「信頼ゲーム(trust game)」というものがある。このゲームは米国アイオワ大学経営学科Joyce E. Berg教授が考案したゲームで、互いに顔を一度も合わせたことがない二つの集団間で行なわれる。

 

ゲーム方法は以下の通りである。最後通告ゲームと同様に、提案者AはBにお金を自分の思いどおりに分け与えるこができる。しかし、提案者Aが一定の金額をBに与えると宣言したら、回答者であるBにその金額がそのまま渡されるのではなく、該当金額の3倍分が渡されることになる。例えば、AがBに10万ウォン与えると提案したら、Bはその金額の3倍の30万ウォンを受け取るのである。そしてBはその金額を全部自分のものにしてもいいし、恩返しの気持ちで一定金額をAに返すこともできる。

 

このゲームで、もしBが信頼できる人ならば、AはBに全額を与えられるはずである。すなわち、10万ウォン全額を与えた場合、Bは自身が受け取った30万ウォンをそのまま自分のものにはしないで、少なくとも半分の15万ウォンを返してくれるだろうからだ。

 

では、AとBが全く知らない面識の無い関係の場合、人々は果たしてどんな選択をするのだろうか? 驚くべきことに、大部分の提案者は一度も会ったことがない回答者を信じて、10万ウォン中7~8万ウォンを分け与えた。例えば、提案者が8万ウォンを与えると、回答者は3倍の24万ウォンを受け取る。ところがこのお金を受け取ったBはさらに驚くべき行動をとった。Bは自身が受け取ったお金24万ウォンのうち自分が13万ウォンを得て、11万ウォンは再びAに返すのである。このようにすれば、自分も13万ウォン、提案者も13万ウォン(初めに得たお金2万ウォン+返してもらったお金11万ウォン)になる。すなわち、回答者であるBは提案者であるAと収益が5対5になるようにお金を分け合うのである。

 

この実験が示しているのは「信頼は互いにやりとりしながら拡張する」という事実である。すなわち、提案者が先に回答者を信じてかなり大きいお金を送ったという事実自体が無条件相手を信じているという表示になったのだ。すると回答者は例外なくそのお金を再び分けて二人の収益が5対5になるように分配する。これは自分が先に信頼を示した場合、相手もその信頼に報いるということをよく示している。このような信頼ゲームの結果も最後通告ゲームと同様に「人間は利己的だ」という主張に反論する良い事例である。

 

幸福は信頼から生まれる

最後通告ゲームと信頼ゲームは「人間が利己的だ」という主流経済学の基本前提を覆す実験である。しかし、この実験が示すまた別の示唆点は、人間の幸福が相互信頼から生まれるという事実である。実際に最後通告ゲームでは、5対5提案を多くする村など、貧しいほど相互信頼が高く、社会に対する満足感もより高く現れ、信頼ゲームでは互いを信じた参加者の血から愛と幸福を誘発する「オキシトシン(oxytocin)」というホルモンが大量に検出された。 このホルモンが多く分泌されるほど人はより高い幸福感を感じる。

 

このように人間はお互いを信じてあげる時に幸福感が湧きあがる属性を持っている。それならば、信仰生活をしながら私たちが幸福感を感じるのも、このような信頼関係が一つの要因として作用するためだろう。すなわち、主が絶対的に私たちを信じてくれ、私たちも主を絶対的に信じて従いながら、相互間の信頼が幸福につながるのである。「幸せは永遠に幸せでこそ幸せという」の歌詞のように、主と私たちの幸せな信頼ゲームが永遠に進行されることを祈る。



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날짜
2018/10/21