[EBC] 新時代が咲き誇る

운영자|2016/11/12|閲覧数 5346

Translation :운영자





【新時代が咲き誇る】

【神様の愛で人生作品を造る偉大な信仰者】

 

一体どのような力によって、人々は365日休まずに明け方の祈りを続けているのでしょうか。

 

一体どのような力によって、人々は凍てつくような寒さの中でも断食の祈りをし、平和を求めているのでしょうか。

 

一体どのような力によって、若者たちが暗黒の堕落を拒絶し、信仰へと立ち返るのでしょうか。

 

今日ご紹介するのは、人を造る達人·CGMキリスト教福音宣教教会の総会長牧師です。

 

彼がどのようにして御言葉によって、私達のような普通の人々を成功へと育て導いているのか見てみましょう。

 

 

【私の夢】

 

【一人の眷村()の子供が】

台湾において外省人が居住する地区

 

【どのようにして栄誉ある舞台に上がり

 

全国優秀電機エンジニアとなったのか】

 

 

【全国優秀青年エンジニア 鄒福明(シュウ・フクメイ)】

 

私は小さい頃から台南の下の眷村で暮らしていました。

 

その村は特に高級な村というわけでもありませんでした。

 

だから知識の水準もとても低かったですし、

 

私の同級生の中でも、

 

約10人中約5人は喧嘩して騒ぐような人でしたし、

 

大部分の人は職業学校や専門学校に通い、

 

 

そうでなければ軍人学校に通っていました。

 

【幼稚園時代】【中学校時代】【家族写真】

 

村全体でも高校に進学したのは私一人だけでした。

 

大学に進学したのも私一人だけでした。

 

【高校時代】

 

そのような環境から出てきた関係で、

私にとって夢とは実際は非常に小さなものでした。

 

台南一中から卒業した後、

 

私は全ての人が予想もつかない好成績を出し、

 

【台湾大学電機学部】

 

台湾大学電機学部に受かりました。

 

神様が守ってくださりながら、

 

順調に台湾大学の電機学部を卒業しました。

 

【永康郷役場からの賞状~清寒優秀学生奨学金】

 

それでも順調に大学院にエスカレーターで入りました。

 

【賞状~晴れて奨学金を獲得】

 

【大学院時代】

 

研究室を卒業してから、

 

私は、「私の人生の大部分は

もう大体ここまでだろう」と思いました。

 

【軍隊時代】

 

「もう次は働くのだな」と思いました。

 

しかし、神様の御働きのもとで

 

私は仕事を探すの過程中で

 

多くの困難と阻害に遭いました。

 

当時のプレッシャーはとても大きいものでした。

 

なぜなら、同期の中で軍隊にならない人や

 

女性はとても良い仕事をすでに見つけていたからです。

 

【大学 台湾大学電機学部

 

修士博士 台湾大学電信エンジニア研究所】

 

教会の牧師は私に博士課程を受けるよう勧めました。

 

本来は博士課程に進むということは、私にとっては計画の中に完全にありませんでした。

しかし、私がお祈りしている中で、神様がとても大きな感動をくださいました。

 

だから、この道を行こうと決心しました。

 

【鄒宇帆(シュウウホ) 鄒弘翔(シュウコウショウ)】

 

博士課程の期間を経て、

 

私は生活と信仰は一体だということを悟りました。

 

そのような姿勢を将来の職場でも表さないといけないと思いました。

 

しかし、実際のところ信仰も生活もしっかりさせることは

 

本当に非常に易しいことではないことです。

 

普通の同僚は仕事が終われば、語学を勉強にしに行ったり、または他の娯楽を学びに行ったり、

 

街中を歩いたり、休んだりしていました。

 

しかし、私はそのような時間を教会で走り、仕事をすることに使いました。

 

そのような課程の中で、神様ともっとうまく疎通したいと願いました。

 

【主日礼拝献詩】

【妻 李心瑩(リ・シンエイ)】

 

ある日私の長官が突然私に、「鄒博 40歳になったか?

 

私はあなたを中国電気エンジニア学会の優秀青年電機エンジニア選抜に推薦しようと思う。」と言いました。

 

当時の私の最初の考えでは「もういいでしょう。私の時間が余っているとでも思いますか。」と言おうと思いました。

 

「またそのようなことを私にさせようとしているのか。」と。

 

その後、私がその知らせを聞いた時は彼が帰って来てとても遅い時間でしたが、

 

その後にとても疲れたような語気でこのことを彼が私に訴えかけた時、

 

私は当時、「とても素敵なことではないか。」と感じました。

 

「もし万が一、本当にこの賞を得て、証ができたら、どんなに良いだろうか。」と思いました。

 

だから次の日の明け方のお祈りの時、

 

【明け方4時のお祈り】

 

最初とても負担に感じた考えを神様に悔い改めました。

 

その次の日仕事に行くと、私の長官が突然、以前のある一人の人が書いた

 

このような一つの履歴と仕事への貢献(についての資料)を渡しました。

 

「これを参考にして、このような方法で仕事での姿勢を表しなさい。」と彼は言いました。

 

本当に神様にとても感謝します。

 

このように主が一つの指示をくださったので、

 

私は、とても良く、とても完全に、一つの仕事の履歴と貢献について書き上げることが出来ました。

 

そうであっても、私の心の中での考えは、「まさか選ばれないだろう

 

学校の教授でもないし、そのような機会もないだろう

 

人に見られることもないだろう」

 

というような考えを心の中では依然抱いていました。

 

そして1024日のことでした。

 

バスを待っている時間にパソコンを開きました。

 

メールをチェックしている時、

 

驚くことに、私が優秀青年電機エンジニアに選ばれたことを知りました。

 

私の会社の総支配人は中国の電機エンジニア学会の審査委員なので、

 

彼の推薦と助けがあったからこそ、

 

優秀青年電機エンジニアに選ばれることが出来ました。

 

思わぬことに私達の総支配人はこのように私に言いました。

 

彼は、「あなたが選ばれたのは本当に易しいことではない。

 

なぜなら、選出する当日、私は出国したばかりだったので、

 

本当にあなたを推薦する方法がなかった。

 

102年優秀青年電機エンジニア賞】

 

だからその当時、本当にとてもとても驚きました。

 

本当に神様の御働きだと思いました。

 

【優秀青年電機エンジニア表彰式】

 

もし神様でなければ、このようなことは絶対に起きることはありませんでした。

 

この全てにおいて、神様と、

 

私を教え神様に出会わせてくださった鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師に、とても感謝しています。

 

困難と労苦にぶつかった時、

 

【福音宣教会CGM

 

この御言葉で立ち向かうことが出来ましたし、

 

信仰こそが私の力となりました。

 

それがあって私も自分の夢を超える祝福を得ることが出来ました。

 

主は本当に生きていらっしゃる主です。

 

本当に私達の心を見られて働かれる主です。

 

全ての栄光を主に帰します。ハレルヤ

 

【かつて何も持っていなかった貧しい少年が】

 

【主の愛によって】

21歳で人々が羨む経営コンサルタントの職を得ました。\

 

【林建良(リン・ケンリョウ)夢を叶える道中での神様との偶然の出会い】

 

私には小さい頃からの夢があります。

それは、大企業の最高経営責任者になることです。

 

 

しかし、育ったバックグラウンドにより

 

私は非常に現実的な人間になりました。

 

人と行動を共にし

 

またいつも、利益を優先しました。

 

ずっと

 

物質を追い求めることが私の唯一の目標でした。

 

大学時代の私は

 

とても熱心に

 

そして積極的にありとあらゆる機会を奪い取りました。

商学部が開催する講演会には、大小問わず参加し

 

講演の中から多くのことを確実に学び取りました。

 

しかし、成功する方法は全く見つかりません。

 

少しずつ

 

私は自分自身の人生の道を探し始め、

 

夢について迷うようになりました。

 

 

丁度その時

 

勉強のために実家から台北に上京していた私には

 

お金もそれほど持っていなく、

 

また、台北に知り合いもそれほどいなく、

 

だから、完全に孤独でした。

 

食うや食わずの生活を過ごしていました。

 

そして、その時

幸運にも一人、寛大な先輩がいました。

 

台北にある私の家賃のほとんどを負担してくれた先輩でした。

 

建良(ケンリョウ)と浩淵(コウエン)先輩

 

この先輩は、とても我慢強く、

繊細かつ熱心に私を教え導いてくれました。

 

 

一度、

 

私がひどく辛かった時

 

大きな声で先輩に質問しました。

 

どうして私に関心を払ってくださるのですか。

 

私はあなたの話をまったく聞き入れていないし、

 

いつも私が話したいことを話していたのに。

 

しかし、先輩は笑いながら言いました。

 

なぜなら摂理の中で

神様の御言葉を持って私を教え導いて下さった鄭明析(チョン・ミョンソク)総会長牧師も

 

このように行なったからだよ。

 

私があなたに関心を払っていると言うより

 

あなたのことを愛している神様が

 

私を通してあなたを気にかけていると言ったほうが良いね。

 

 

その時

 

私はまだ神様をどう感じていいのか分かりませんでした。

 

ある日の夜、

 

夜ごはんを買いに行こうとしていた時、

 

自分には十元硬貨が二枚しかないことに気が付きました。

 

 

その時、本当にすごく神様に不平を言いたくなりました。

 

しかし、その時先輩がいつも言っていた言葉が思い出されたのです。

 

私は、あなたのためにお祈りをしているよ。

主がいつもあなたの隣にいることを感じるよ。

 

 

私は考えました。

 

例えば、神様が、私のことをすごく愛しているとして

神様が、私がこのようにしている姿を見たら

辛く思うのではないだろうか

 

その時おもむろに、愛は神様が最も期待される反応だ、という言葉が思い出されました。

 

そこで私は、力を込めて次の言葉を口に出して言ってみました。

 

主よ、愛しています。

 

その時

今まで泣いたことがない私の顔に、初めて熱い涙が流れ落ちました。

 

この時、私はやっと悟りました。

 

小さい頃から友達がいなかった私だけど、

小さい頃から両親からも隅に追いやられていた私だけど、

 

本当はそんな私を慈しんでくれる人が実はいたのだ

 

本当は主が私をとても愛して下さっていたのだ

 

先輩が言っていたことは正しかったのです。

 

主日の礼拝を通して、主は私を愛し、私を守って下さり、

 

私が生きる目的は愛だったのです。

 

 

その日から

 

手に入れた力をもって

 

毎日の生活を変化させ始めました。

心・精神・考えから生活に至るまで

 

全ての部分においてひとつひとつ変化さました

 

 

漸進的に

学業面での努力が目に見え始めました。

 

 [政治大学金融学部 同学部同学年内平均成績第一位]

 

そして私は、金融学部が創設されて以来最高の平均成績を収めました。

 

 [賞状 学業成績優位 クラス第一位]

 

時を同じくして、私は財政部の部長に任命され、

 

また、スタンダード&プアーズアジア社長が政治大学で授業をする際の学術アシスタントにも任命されました。

 

 [世界最大の国際商学栄誉学会 唯一の政治大学代表]

 

さらに、私は現在101タワー正面にある有名な経営コンサルタント会社において

 

顧問を任されています。

 

私が担当しているコンサルタント会社は

 

今まで大学生を採用したがりませんでしたが

大学四年生の私を快く採用し、顧問の役割も与えてくれました。

 

私はまた、同僚との実力の差を埋めようと努力しました。

 

そのため、一年満たないのにも関わらず、

私の担当者の推薦により、会社の同僚の中でのベンチマークになりました。

 

私は、会社創設以来、初めて、この特殊な栄誉を受けた実習生になりました。

 

私が成した全てのことは

神様の御言葉が導きによるものです。

 

さらに、より高い次元の考えで行えるように神様が私に集中させてくださったからできたことです。

 

 [福音宣教会 TCGM 演劇演出]

 

私の努力によって多くの良いものを得た後には

私は、神様により一層感謝しました。

 

校内スピーチ

 

結果、神様は

私に更に多くの祝福を下さいました。

 

さらに、私は与えることと、

 

周りの全ての人に関心を払うことを学びました。

 

過去、冷淡で現実的だった

自分を振り返って考えてみると

本当に簡単なことではありませんでした。

 

浩淵(コウエン)先輩 建良(ケンリョウ)が神様を分かった後の変化

 

彼は、顔に笑顔を浮かべない人でした。

 

いつも頭中、

どのようにしたら成績が良くなるのか、

どうやったら将来自分が成功できるかを考えていました。

 

神様の御言葉を学ぶようになってから

 

彼は、人が完全に変わりました。

 

今の彼は

 

喜んで人を助け

 

人と分かち合うことが出来ます。

 

神様が彼に働かれ、

 

また、神様の愛を持って

身の回りの人や身に起こる物事に立ち向かう

 

一個年輕人

一人の若者へと変化しました。

 

それは、心の中に愛と聖霊が満ちているからです。

 

私は、与えたから

 

より幸福な生活を過ごしており、

 

 

そして今では

 

神様の夢が私の夢になりました。

私の名前は林建良(リン・ケンリョウ)

愛と駆け回るような実践によって変化を遂げることができました。

 

私は夢を叶える道中で

偶然神様に出会ったのです。

 

 [あなたの初めは小さくあっても、あなたの終りは非常に大きくなるであろう。ヨブ記8:7]

 

 

CGM台湾キリスト教福音宣教会の総会長牧師

 

 [歴史上前例のない人を造る達人]

 

自分自身が最高の教科書になり、

 

信仰、芸術、人文、スポーツ、あらゆる領域において達人となるのです。

 

造ったから、

 

たとえ彼が建てた岩の造形が四回も倒れたとしても、五回目には成功したのです。

 

人生も美しい自然聖殿が花開くのと同じです。

 

このような人生を成功へ導く哲学が

数多くの若者を感動させました。

 

信仰を通して

そして、勇敢に自分を造り、挑戦し続ける精神を通して。

 

続いてのプログラムでは、

 

彼(総会長牧師)がどのように人生を導く先生になったのか

見てみましょう。

 

皆さんこんにちは! 海樹児(カイ・スウエ)と申します。

                        

花蓮県卓渓郷崙天集落の出身で、

 

ブヌン族です。

 

私は生まれて間もない頃にキリスト教の洗礼を受けました。

 

そして私が小学校四年生の時に、

 

父が脳卒中で倒れ、

               

それからは家庭の収入も少なくなり

 

人生をとても辛く思っていました。

   

私はこの山奥の集落で育ちました。

 

政治大学は台北でもかなり郊外にある学校で、

 

特に20年程前はとても寂しいところでした。

 

しかし私はかえってそれが好きで、政治大学に入り、

 

政治学を志望しました。

 

ちょうど私が入学する年、

 

あるいはその前の年に

 

台湾全土で民主化運動、街道運動が活発になり、

 

例えばよくいう520農民運動だったり、

 

原住民の権利のための演説が

 

ほとんどがこの時期にありました。

 

それで私も大学時代にこれらの原住民の街道運動に参加していました。

 

兵役を終えて帰ってきた後、

摂理の兄弟姉妹に接するようになったのですが、

 

その中の一人が、私の後輩でした。

 

御言葉を聞き始めてから、

 

人生と命について新たな考えを持つようになりました。

 

実は私は、30個論の御言葉を聞き始める前から

 

ずっと聖書を読みたいと思っていました。

 

一般のクリスチャン家庭に生まれたこともあって、

 

聖書は一体何について書かれてあるのか知りたかったからです。。

 

昔はただ習慣的に教会に通っていて、

 

教会に通う意味をよく分からず、

 

 

どうして神様を信じなければならないのか、

 

更には、そもそも聖三位とは一体何なのか、

 

深く分かっていませんでした。

そしてこの30個論の御言葉を聞いた後、

 

今まで解けなかった問題が一気に解かれました。

 

ちょうどその時期は、

 

摂理史が最も困難な時期でした。

 

総会長牧師が迫害され、また誤解されていました。

 

その時に台湾の一部メディアも同じことをしました。

 

私は摂理全体を侮蔑されたように感じました。

 

しかし当時私が考えたのは、

 

民俗学の研究をする時に、

 

「参加観察法」という研究方法がありますが、

 

ある組織について、あるいはその中の人々について、

 

あるいはある部族の人々についてよく知らない時には、

 

勝手に判断してはいけないという

この研究方法の姿勢でもって、

 

御言葉を学びました。

 

またメンバー達の生活を見てみると、

 

ほとんどのメンバーが若者で、

 

とても若く

 

大学生がたくさんいることに気づきました。

 

年齢層が若いということにもびっくりしました。

 

なぜなら普通、今の教会には

 

ほとんど老人か子供しかいないからです。

 

集落の教会でも

 

都会にある一般の教会でも

 

若者は滅多に見ることができません。

 

それなのに、ここの若者たちはこんなにも一生懸命に聖書を読み、

御言葉を聞き、

 

熱心にノートを取っていることに

 

本当に驚きました。

 

そのようなことがあって、私はその一年で

 

旧約聖書と新約聖書を一気に完読しました。

 

 

より大切なのは御言葉の教えだと思います。

 

私はどんな事をするにしても、必ず、まず祈って神様に尋ねることを学びました。

 

昔はそういう経験がありませんでしたが、

 

後々には、聖書を読む前にはいつも必ず祈って、このように求めるようになりました。

 

「どうか、聖書を読むときに主が導いてくださり 、

 

私の考えではなく

 

あなたの御心、あなたの考えの通りに私を導いてください」 と。

 

それからは聖書を読むことと、

 

教会に勤しんで通うことによって、

 

考え方も変わり始め、

 

生活も変化し始めました。

 

その時から

 

もう自分を成功させたいとは言わず、

 

自分に向けられた目的を成すことによって、

 

結局自分ではなく

 

聖三位、神様の目的を成したいと思うようになりました。

 

このような心を抱くようになりました。

 

真理と愛に対する悟りも深まり、

 

この御言葉を通して、

 

そして総会長牧師の教えを通して、

 

自分自身がたくさん成長したと思います。

 

鄭明析(チョン・ミョンソク)先生に出会う機会があって、本当に光栄で幸せな人生になりました。

 

私は先生に学び従い、

 

先生がどのように命を導いてこられたのか、どのように運動と芸術に関わってこられたのかも見ました。

 

特に印象深かったのが、

 

ある教会主催のサッカー行事でした。

 

先生もフィールドでサッカーをされていて、

 

私は皆が先生のことがとても好きなんだなということを感じました。

 

その好きというのは

 

一般の世の中の崇拝とは違って、

 

本当に心の底から

 

湧き溢れる感心と尊敬だと感じました。

 

試合が終わった後、

 

鄭明析(チョン・ミョンソク)先生は

 

いつも弟子たちによくしてあげたいと思う方でした。

 

その時はたくさんの人がいて、

 

私の記憶が間違っていなければ、

 

300人以上か

 

400人ほどいました。

 

先生はメンバー一人一人のために

 

飲み物やお茶をついでくさいました。

 

とても暑い日だったので、

 

長い行列の中、

 

一人一人のためにもてなしてくださるその姿をみながら

 

私は先生の手が疲れないだろうかと思うと、

 

感動するしかありませんでした。

 

なぜなら、その姿は無理にやってるのではなく、

 

当たり前のようにしていたからです。

 

先生は本当にその人たちを、

 

私たちをもてなしたかったのです。

 

この御言葉は、

 

ただ普段の職場や学校だけでなく

 

普段の運動や

 

芸術など、

 

これらを通して、多くのことを学び悟ることなのだと思います。

 

なぜなら、信仰というのは

 

 

生活であるのだと悟ったからです。

 

愛というのは、生活の愛なのです。

そして信仰の根本は、

 

全て神様なのです。

 

私は家庭医学専門医の林元郁(リン・ゲンユイ)です。

今日は、神様が鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師を通して、

私の霊と肉の病を癒してくださった経緯を

皆さんに証したいと思います。

 

私が幼いころ、お家は商売をしていましたので、

安定した経済状況とは言えませんでした。

 

そのため、お母さんは口癖のように

「あ~人生は苦しみの海だから、我慢しないといけないよ」と

話していたので、

 

もしかすると、勉強を通して、家の経済状況をよくすることができるかもしれないと考えました。

幸いにも、勉強の道は順調で、医学部に合格しました。

 

でも、卒業する直前、

人生を捧げて、私を大切に育ててくれたお母さんが

まさかの大腸癌末期と診断されました。

当時、家は経済的に生活が困難な状況になりましたが、

頑張るんだ、耐え忍ぶんだと自分自身に言い聞かせていました。

 

生活費と医療費を稼ぐため、

日中の病院での専門医師から訓練を受ける時間以外は、

夜も外の診療所で勤めました。

 

このような生活を始めて少し経った頃、

心身共に疲労困憊し、私自身が病にかかりました。

発端は、朝ベッドから起き上がれないことでした。

疲れてはいましたが、決して出勤したくないからではありませんでした。

 

しかし、ベッドから起き上がると、背中の下の部分が非常に痛く

寝返りができないほどでした。

毎日唇をかみ締め、痛みを我慢して、弾みを使い、跳ね上がる形でようやく起き上がることができました。

元々過労ではないかと思いましたが、

休んでも、症状は一向に良くなりませんでした。

 

私はリウマチ免疫科医に診てもらい、

検査も受けました。

そして、強直性脊椎炎と診断されました。

 

強直性脊椎炎は、白血球が私の関節と腱の骨につく部分に攻撃し、

一連の炎症反応が起きていたのです。

自分も強直性脊椎炎は、痛み止めと免疫調節剤を

飲む方法しかないと分かっていました。

 

2002年に、幸いにも、

私は香港で総会長牧師とお会いできました。

 

牧師は私がこの病気にかかったことを知り、

心を痛められ、私のためにお祈りをしてくださいました。

 

総会長牧師が私のために祈ってくださった瞬間、

非常に大きな電流が

私の頭からつま先まで流れるのを感じました。

 

その瞬間一つ一つの脊椎の腱が骨につく部分が

すべてつながったように感じました。

 

その後、私の病気は奇跡的に治り、

医者の私にとっては本当に信じられませんでした。

これは一時的なことで、明日また発作するのではないかと思いました。

 

翌日、また総会長牧師にお会いし、

今日は必ず通訳を通して、私の病気は自己免疫疾患で、

不治の病だとちゃんと説明しようと思いました。

牧師先生は通訳の方の話を聞いて、

もう一度愛で私のために祈ってくださいました。

 

そして、

「もし、神様が私を通して、あなたの為に癒しのお祈りをしたと信じるなら、

あなたの病気は良くなるよ。」とおっしゃいました。

 

台湾に戻ってきて、私の病気は本当に完全に治りました。

すでに十四年経っていますが、一度も再発していません。

 

私は総会長牧師を通して、神様を知るようになりました。

肉体の病気、心の病気も全て癒されました。

 

 

人生は苦しい海ではなく、

幸せな海である事を悟りました。

人は、生老病死を経験するために生まれたのではなく、

この人生で、肉体を通じて、

神様が教えてくださった愛と真理を実践するのです。

 

 [神様との対話を再開する事を教えるメンター]

命の奇跡は一つの共通点があります。

それは新時代のメンター(良い先生、良い友人?)に出会う事です。

 

CGMキリスト教福音宣教会は、

現在、医学部、学術教授会、法律会、スポーツチーム、

平和オーケストラ、沐光実験劇団、ボランティア団体等、数十個の団体があります。

文化、芸術、スポーツ、聖書の読み方や、豊かな生活面を通じて、

創造主の人類に対する愛を伝えています。

 

総会長鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師が下さる構想で、これらのことを推し進めています。

 

 

彼はベトナム戦争に行ったことがあり、

戦争の残酷さと無情さと戦後の貧困な時期を経験し、

神様に真理を学んで、世界を救おうと決心されました。

 

彼の教えは自分の意思、考えではなく、

全て聖書から来ています。

彼は全世界の人々が神様ともっと近づき、

神様と対話できる素晴らしい時代が再開することを願っています。

新時代の光がほころびます。




<새시대의 꽃을 활짝 피우다>

 

-하나님의 사랑으로 인생작품을 만든 위대한 신앙인들-

 

365일 새벽기도하며 쉬지 않게 하는 건 어떤 힘일까요?

지독한 추위속에서도 금식기도하며 평화만을 구하게 하는 건 어떤 힘일까요?

젊은이가 흑암과 타락을 거부하고 신앙의 길을 가게 하는 건 어떤 힘일까요?

 

오늘 소개하고자 하는 분은 사람 만드는 달인

대만 기독교복음선교회 총회장 목사님인데요.

그가 어떻게 말씀으로 평범한 사람을 성공의 길로 가게 하였는지 보겠습니다.

 

- 나의 꿈

 

(줸춘 마을의 아들)

 

(어떻게 하여 영예로운 무대에 올랐으며 전국 우수 전기 엔지니어가 되었는가)

 

(전국 우수 청년 전기 엔지니어 10위 안에 든 조푸밍)

 

저는 어릴 때부터 타이난 밑에 있는 줸춘이란마을에서 살았는데 아주 시골이었어요.

그래서 사람들 지식수준은 낮았어요.

제 또래나 후배들중에 10명중에 5명은 싸우고 말썽을 부렸어요.

대부분은 실업고나 공고를 나오거나 사관학교를 나왔어요.

 

(유치원 시절)   (중학교 시절)  (가족사진)

 

마을에서 고등학교를 나온 사람은 저뿐이었고 대학교에 들어간 사람도 저뿐이었죠.

 

(고등학교 시절)

 

그런 환경에서 살았기에 제 꿈은 사실 너무도 작았어요.

타이난 '일중고등학교를 졸업한 후에 저는 예상밖에 좋은 성적으로 대만대 전기공학과에 합격했어요.

하나님께서 지켜주셔서 대만대 전기공학과를 졸업했어요


(용캉 면사무소에서 상장 수여 : 가난하지만 우수한 학생에게 주는 장학금)

 

그 후 순조롭게 대학원에 들어갔어요

 

(상장-학자금을 타다)

 

(대학원 시절)

 

대학원을 졸업한 후에 제 인생의 성공은 여기까지겠다고 생각했어요.

  

(군복무 시절)

다음은 직장을 구해야겠지라고 생각했지만 하나님이 역사해 주셨어요.

직장을 구할 때 많은 어려움과 장애물 때문에 심적인 스트레스를 많이 받았어요.

제또래 학생 중에 군대를 면제받은 자도 있고 여학생들은 좋은 직장을 구했기 때문이죠.

 

(대학교 대만대 전기공학과 석박사 대만대 통신공학과 대학원)

 

교회 목사님이 제게 박사과정을 밟도록 격려해 줬어요.

사실 저는 박사과정을 밟을 계획은 전혀 없었어요. 

하지만 기도하면서 하나님께서 큰 감동을 주셔서 이 길을 가기로 결정했어요.

 

(조위판  조홍샹)

 

박사과정을 밟으면서 생활과 신앙이 하나가 되어야 하고 앞으로 직장생활에도 이어져야 한다는 것을 깨달았어요.

하지만 신앙도 생활도 다 잘하는 건 정말 쉽지 않은 일이죠.

회사 동료들은 퇴근 후에 외국어를 배우거나 자기가 좋아하는 것을 배우거나 쇼핑을 하거나 쉬거나 하죠.

하지만 저는 이 시간에 교회에서 뛰며 봉사를 했어요.

이러면서 하나님과 더욱 잘 통하길 원했어요.

(주일예배 특송)

 

하루는 제 상사가 갑자기 조 박사이제 마흔이 되지 않았나중국 전기 엔지니어 학회에서 우수 청년 전기 엔지니어를 뽑는데 당신을 추천하고 싶네.” 라고 말했어요.

당시 저는 속으로농담하지 마세요제가 시간이 많은 줄 아세요이런 일을 저더러 하라고 하다니요.’라고 생각했어요.

 

아내 리신잉 - 제가 이 소식을 들었을 때는 남편이 아주 늦게 집에 돌아왔어요.

피곤한 말투로 이 일을 알려 줬는데요.

    저는 정말 멋진 일이라고 생각했죠.

             만약 상을 수상한다면 증거할 수 있으니 얼마나 좋은 일인가하고 말이죠.

 

그래서 다음날 새벽기도할 때 (새벽 4시 기도제가 이 일에 대해서 부담스러워했던 것을

하나님께 회개드렸어요.

다음날 출근했는데 제 상사가 갑자기 예전에 한 동료가 쓴 이력서와 회사에 공헌한 것을

기록한 자료를 제게 주었어요.

제가 회사에 어떤 공헌을 했는지 이것을 참고해서 쓰면 된다고 했어요.

정말 하나님께 감사드려요.

주님께서 이같이 방향을 주셔서 제가 완벽하게 이력서와 회사에서 공헌한 것을 쓸 수가 있었어요.

그래도 상은 못 탈 거라고 생각했어요

저는 대학 교수도 아니고 상을 탈 기회가 없겠지라고 생각했어요.

'내가 쓴 것이 주목을 받지는 않겠지.' 이러한 생각을 가지고 있었어요

그러다 1024일날.

차를 기다리는 시간에 컴퓨터를 켜서 이메일을 확인하는데 제가 우수 청년 전기 엔지니어로 뽑혔다는 내용이었어요.

당시 저희 회사 부회장은 중국 전기 엔지니어 학회 심사위원이었어요.

그가 추천하고 그가 도와줬기에 제가 우수 청년 전기 엔지니어로 뽑혔다고 생각했어요.

하지만 뜻밖에도 저희 회사 부회장이 저에게 자네가 뽑힌 건 쉽지 않았다고 했어요.

본인은 심사 당일날 출국해서 저를 추천할 수 없었기 때문이라고 했어요.

 

(2013년 우수 청년 전기 엔지니어상)

 

그래서 저는 너무도 놀랐어요.

정말 하나님께서 역사하신거라 생각했어요

 

(우수 청년 전기 엔지니어 시상식)

 

하나님이 아니었다면 이같은 일은 전혀 일어날 수 없었어요.

이 모든 것 하나님께 진심으로 감사드려요.

 

하나님을 알게 해 주신 정명석 목사님은 제가 어려운 일을 당했을 때 말씀으로 어려운 일을 해결하게 해주셨고 신앙이 제 힘이 되어 상상을 초월하는 축복을 받게 해 주었어요.

주님은 정말 살아계신 주님이세요.

정말 저희의 마음을 감찰하시고 역사하시는 주님이세요.

이 모든 영광을 주께 돌려요. 할렐루야!

 

 

- 가진 것 없었던 가난한 청년, 주의 사랑으로 21세에 남들이 부러워하는 경영 컨설트가 되다. (린젠량 - 꿈을 이루려 노력하던 중 하나님을 만나다) -

 

어렸을 때부터 제 꿈은 대기업의 최고 경영자가 되는 거였어요.

하지만 성장배경 때문에 저는 속물이 되어버렸어요.

사람과의 관계에서 늘 이익을 우선으로 따지게 됐어요.

물질을 추구하는 것이 제 인생의 유일한 목표가 되어버렸어요.

대학 시절에 각종 기회를 얻고자 많이 노력했으며 경영학부의 크고 작은 강연회에 참가했어요.

강연회에서 많은 것을 배우긴 했으나 성공방법을 찾진 못했어요.

그러다가 제 인생의 방향을 찾는 것과 꿈에 대해서 점점 방황을 하게 됐어요.

그때 당시 고향에서 대만 수도 타이베이에 올라와 공부를 하던 저는 돈도 없었고 아는 사람도 없었어요.

그래서 늘 혼자였고 끼니를 걱정하며 지냈어요.

그때 당시 마음씨 좋은 선배가 집세의 대부분을 내줬어요.

 

(젠량과 하오웬 선배)

 

이 선배는 인내심이 많고 세심하고 저를 많이 가르쳐 줬어요.

마음이 아플 때 큰 소리로 선배에게 말했어요.

"왜 저를 돌봐주세요선배의 말을 듣기는커녕 제가 하고 싶은 말만 할 뿐인데요."

그런데 선배는 웃으며 말했어요.

"섭리에서 하나님의 말씀을 가르쳐 주신 정명석 총회장 목사님도 이렇게 실천했어. 내가 너를 돌봐준다기 보다 너를 사랑하는 하나님이 나를 통해 너를 돌봐주시는 거야."

그때 저는 아직 하나님을 느끼지 못했어요.

어느 날 저녁에 저녁을 사러 나가려는데 10원짜리 동전 2개 밖에 없었어요.

그때 정말 하나님을 원망하고 싶었어요.

그때 선배가 늘 얘기했던 말이 떠올랐어요.

선배는 매일 저를 위해 기도할 때 주가 늘 제 곁에 있는 것을 느꼈다고 했어요.

저는하나님이 나를 사랑한다면 이러한 나를 보고 마음 아파 하겠지라고 생각했어요.

그때 갑자기 사랑은 하나님께서 가장 원하시는 것이다” 라는 말이 생각났어요.

그래서 저는 아주 힘겹게 주님, 사랑해요라고 말했어요.

한 번도 울지 않았던 제가 그때 처음으로 뜨거운 눈물을 흘렸어요.

이때 깨달은 것이 있었어요.

어렸을 때부터 친구도 없었고 부모님도 저에게 무관심했어요.

그런데 누군가가 나를 아껴주고 주가 진정 저를 사랑해 주신다는 것을 깨달았어요

선배가 한 말이 맞았어요.

주는 선배를 통해 저를 사랑해 주고 돌봐주셨어요.

제 삶의 목적은 사랑이었어요.

이렇게 힘을 받은 후부터 매일 변화되는 삶을 살기 시작했어요.

마음,정신,생각에서 삶에 이르기까지 모두 변화됐어요.

학업에 열중했던 저는 점점 더 사람들의 주목을 받기 시작했어요.

 

(정치대학교 금융학과 최고점수를 받다)

 

금융학과가 생긴 이래 최고로 높은 점수를 받았어요.

 

(상장 학업성적이 우수함. 학과 1)

 

저는 재정부 장관과 스탠더드앤드푸어스 아시아 총재가 함께 정치대학교에 개설한 커리큘럼의 조교가 되었어요.

 

(전세계 국제 경영학 영예 학회 정치대 대표)

 

저는 지금 101층 빌딩에 있는 경영컨설트 회사에서 컨설트로 일하고 있어요.

제가 다니는 이 컨설트 회사는 대학생을 채용하는 것을 원하지 않았어요.

하지만 그때 당시 대학4학년이던 저에게 일을 맡겼어요.

저는 매우 열심히 하여 회사 동료와의 차이를 좁혔어요.

그래서 일 년도 채 지나지 않아 상사는 저를 회사 우수사원으로 추천해 줬어요.

그래서 저는 회사가 생긴 이래 처음으로 이 영광을 받는 인턴사원이 되었어요.

제가 이룬 모든 것은 하나님의 말씀을 배웠기 때문이에요.

그래서 더욱 집중할 수 있었고 더 높은 차원으로 행할 수 있었어요.


(기독교 복음 선교회 연극)

 

제가 노력한 것이 더욱 좋은 성과를 얻은 후 더욱 하나님께 감사하게 됐어요.

 

(대학교내 강연)

 

결국 하나님께서는 더욱 많은 축복을 주셨어요.

그래서 저도 주변 사람들에게 관심을 가지기 시작했어요.

이것은 예전에 냉혹하고 속물이었던 제게 정말 쉽지 않은 일이에요.


하오웬 선배 - (젠량은 하나님을 알게 된 후 변화됨)

젠량은 예전에 웃지도 않았고 어떻게 하면 좋은 성적을 얻고 어떻게 하면 미래에 성공할 지에 대한 생각 뿐이었어요.

               그러나 하나님의 말씀을 배운 후 완전히 달라졌어요.

그는 지금 다른 사람을 도와주길 좋아하고 하나님께서 역사해 주신 것을 증거해요.

               그리고 하나님의 사랑으로 모든 것을 대해요.

               정말 사랑이 많은 젊은이가 됐어요.

 

마음속에 성령의 사랑이 충만해서 다른 사람을 도와주면서 더욱 행복을 느껴요.

하나님의 꿈이 제 꿈이 되었어요.

저는 린젠량이에요.

변화의 시작은 사랑으로 행하는 거예요.

꿈을 이루려 노력하던 중 하나님을 만났어요.

 

(네 시작은 미약하였으나 네 나중은 심히 창대하리라 - 욥기 8:7)

 

 

(역사상 보기 드문 사람을 만드는 달인)


대만 기독교 복음 선교회 총회장 목사님은 자신을 가장 좋은 교과서로 만들었고 신앙,예술,인문,체육,각 영역에서 자신을 만드는 것에 달인이 되었습니다.

이미 만들어졌기에 그가 쌓은 돌조경이 네 번이나 무너졌어도 다섯 번째 세우는 데에 성공했습니다.

그의 인생은 아름다운 자연성전처럼 꽃을 피웠습니다.

이러한 인생 성공철학은 많은 젊은이들에게 감동을 주었습니다

젊은이들이 신앙을 통해 자신을 만들고 용감하게 도전하도록 하였습니다.

다음으로 그가 어떻게 인생의 멘토가 되었는지에 대해서 알아 보도록 하겠습니다.

  

(새시대의 꽃을 활짝 피우다)

 

(전쟁 중 평화의 사명자)

 

전쟁의 참혹함은 생명의 귀함을 더욱 깨닫게 합니다.

1945년 세계2차 대전이 끝난 해에 총회장 목사님이 태어났습니다.

평화를 상징하는 계기가 되었습니다.

그는 평화의 사명을 가지고 전심을 다해 생명을 구하길 원했습니다.

다음 간증을 들어 보도록 하겠습니다

 

 

안녕하세요. 저는 하이수얼이에요.

화롄군 줘시면 론텐부락 사람이에요.

뿌농부족이에요.

태어난 지 얼마되지 않아 세례를 받았어요.

초등학교 4학년 때 아버지가 중풍에 걸렸어요.

그 후 저희 가정은 생활보호 대상자가 되어서 인생이 정말 너무 힘들었어요.

저는 이 부락에서 자랐는데 바로 산속에 있는 계곡이에요.

정치대학교는 수도 타이베이에서 좀 떨어진 교외에 있는 학교예요.

특히 20여 년 전에 정치대는 황량했어요.

저는 그런 학교 환경이 좋아서 정치대를 다녔어요.

그때 정치학과를 택했어요.

입학했던 그 해였는지 아니면 입학 전 해였는지 잘 기억은 안 나요.

마침 그때 대만은 전국적으로 민중운동과 학생운동이 많이 일어나기 시작했어요.

520일 농민운동그리고 몇 몇 원주민의 권익주장 등등 이러한 일이 그때 일어났어요.

저는 대학시절에 원주민 거리 시위에 참여했어요.

군 제대 후 섭리의 형제 자매들을 만나게 됐어요.

그 중 한 명은 제 학교 남자 후배였는데 저는 말씀을 접하게 됐어요.

그래서 인생과 생명에 대해 새로운 견해를 가지게 됐어요.

30개론을 듣기 전에 늘 성경을 읽고 싶었어요.

기독교 가정에서 태어났기에 성경에 도대체 어떤 내용이 쓰여있는지 알고 싶었거든요.

예전에는 그저 습관적으로 교회를 다녔어요.

사실 왜 교회를 다녀야 하는지 잘 몰랐어요.

왜 하나님을 믿어야 하는지, 성삼위가 무엇인지도 몰랐어요.

정말 잘 몰랐어요.

그 후에 30개론 말씀을 들었어요.

그러면서 예전에 풀리지 않았던 문제들이 풀렸어요.

마침 그때 섭리가 어려움을 겪을 때였어요.

총회장 목사님께서 핍박을 받고 오해를 받으셨어요.

그때 당시 몇 몇 대만 언론매체는 그를 모욕했어요.

그때 방법이 하나 생각났어요.

민족학 연구방법에 참여관찰이라는 것이 있어요.

어떠한 조직과 그 조직 안의 사람들이나 그 안의 부락 사람을 잘 모를 때는 아무렇게나 판단하면 안 된다는 것이에요.

저는 이러한 연구방법에 대한 태도로 말씀을 배웠고 그 안에 있는 사람들을 봤어요.

그 안에 있는 교인들은 모두 젊었고 대부분이 대학생이었어요.

젊은이들이 많다는 것에 저는 매우 놀랐어요.

일반적으로 지금 교회에는 노인과 아이들이 대부분이에요.

원주민 부락에 있는 교회나 도시에 있는 교회에서 젊은이들을 보기 어려웠어요.

하지만 여기에 있는 젊은이들은 성경을 열심히 읽고 말씀을 들으면서 열심히 적는 거였어요.

이러한 모습에 저는 많이 놀랐어요.

그 해 저는 아주 빨리 성경 구약에서 신약까지 다 읽었어요.

어떤 일을 하든지 먼저 기도하고 하나님께 물어봐야 한다고 가르쳤는데 저는 이것이 매우 중요하다고 여겼어요.

예전에는 이러한 경험을 한 적이 없어요.

그 후 저는 성경을 읽을 때마다 먼저 기도했어요.

 

주께서 인도해 주소서.

제 생각으로 읽지 않게 해 주시고 주의 생각과 주의 뜻대로 저를 인도하소서.

 

그 후 성경을 읽고 부지런히 교회를 다녔어요.

그래서 모든 생각과 삶이 뒤바뀌었어요.

이때부터 저는 제 자신의 성공에 목표를 두지 않았어요.

목적을 이루는 것은 결국 제 자신을 위한 것이 아니라 성삼위를 위한 것, 하나님을 위한 것이 되었어요.

그리고 진리와 사랑의 깨달음이 더욱 깊어졌어요.

말씀과 총회장 목사님의 가르침으로 저는 많은 성장을 이뤘어요.

너무 영광스러워요.

정명석 선생님을 만나서 배울 수 있었으니까요.

저는 선생님이 어떻게 생명을 이끄시는지를 유심히 관찰해 봤어요.

운동할 때나 예술 공연할 때 말이죠.

교회에서 축구를 할 때 인상 깊은 일이 있었어요.

하루는 선생님도 같이 축구를 하셨는데 선수들이 선생님을 매우 좋아했어요.

선수들이 선생님을 좋아하는 것은 그냥 누군가를 숭배하는 것 같지 않았어요.

회원들은 마음속 깊은 곳에서 탄복한 거였어요.

축구가 끝난 후 정명석 선생님은 제자들을 살펴주려고 하셨어요.

이미 그런 것이 몸에 밴 듯 했어요.

그때 사람이 많았어요.

제 기억이 틀리지 않았다면 아마 300여명이나 400여명쯤 될 거예요.

선생님은 회원들에게 일일이 음료수와 차를 따라 줬어요.

날씨가 너무 더웠는데 한 사람 한 사람을 이렇게 살펴줬어요.

사람들이 아주 길게 줄을 섰는데 선생님이 손이 아프지 않으실까 생각했어요.

정말이지 감동적이었어요.

그건 의도적인 것이 아니라 습관이었어요.

선생님은 사람들을 살펴주고 싶었던 거예요.

돌봐주고 싶었던 거예요.

이 말씀은 직장이나 학교에서만 실천하는 것이 아니라 평소에 운동할 때나 예술 공연할 때도 실천을 하는 거예요.

저는 많은 것을 배우게 됐어요.

신앙은 생활이라는 것을 깨달았기 때문이에요.

그렇다면 사랑은요? 생활의 사랑이죠.

이 사랑은 무엇일까요?

이 신앙의 근본은 뭘까요?

바로 하나님이에요.

 

 

저는 가정의학과 의사 린웬위라고 해요

이 시간 하나님께서 정명석 목사님을 통해  영육을 치료해주신 사연을 간증하고자 해요.

어릴 제 집은 장사를 했는데 경제적으로 힘들어서 어머니는 ~인생은 고해다. 참아야 해.” 라는 말을 입에 달고 사셨어요.

그래서 저는 열심히 공부하면 가정의 경제상황이 좋아질 거라고 생각했어요.

운이 좋게도 학업성적이 좋아서 의대에 합격했어요.

그런데 누가 알기나 했겠어요.

제가 졸업할 무렵에 저를 키우느라 고생하신 어머니가 대장암 말기에 걸리셨어요.

하지만 저는 제 자신에게 참자, 버티자고 했어요.

당시 가정 경제가 굉장히 힘들어졌거든요.

그래서 생활비와 치료비를 벌려고 낮에는 병원에서 전문과의사 훈련을 받고 저녁에는 다른 곳에서 진료를 했어요.

이렇게 생활한 지 얼마 안되어 마음도 몸도 너무 지쳐서 저도 병에 걸렸어요.

하루는 아침에 못 일어났어요.

너무 피곤했지만 출근을 안하려 한 건 아니었어요.

일어났는데 등밑이 너무 아파서 거의 몸을 움직일 수가 없었어요.

이를 악물고 아픔을 참으면서 몸에 힘을 줘야만 겨우 일어날 수 있었어요.

저는 너무 피곤해서 그런건가 생각했어요.

하지만 쉰 후에도 좋아지지는 않았어요.

그래서 류머티즘 면역계 의사 선생님을 찾아 검사를 받았어요.

강직성 척추염이라는 진단을 받았어요.

백혈구가 관절,근육과 힘줄 닿는 곳을 공격해서 척추마다 염증을 일으키는 병이에요.

강직성 척추염은 진통제와 면역조절제를 복용하는 방법밖에 없는 것을 알아요.

하지만 2002년에 운이 좋았던 것은 제가 홍콩에서 총회장 목사님을 만났는데 목사님은 제가 이 병을 앓고 있는 것을 아시고 안쓰러워하셨어요.

그리고는 기도해 주시겠다고 하셨어요.

총회장 목사님이 기도해 주시는 순간, 큰 열기가 제 머리에서 발끝까지 전해졌어요.

순간 척추 협착증이 있던 부위가 다 뚫린 것 같았어요.

제 병이 기적처럼 치료를 받은 것 같았어요.

하지만 의사인 저는 정말 믿을 수가 없었어요.

일시적으로 나아진 것이고 내일 또 재발하는 건 아닌가 생각했어요.

다음날 총회장 목사님을 찾아 뵈었어요.

이것은 면역계통의 병이라 근본적으로 치료가 안된다고 통역관을 통해 잘 설명해야겠다고 생각했어요.

목사님은 통역관의 얘기를 들으시고 인내심을 가지고 사랑으로 기도해 주셨어요.

그리고 하나님이 나를 통해 치유 기도해주는 것을 믿으면 너의 병은 나을 것이라고 하셨어요.

그 후 대만에 돌아와서 정말 제 병이 나았어요.

14년이 지난 지금까지 재발되지 않았어요.

총회장 목사님을 통해 하나님을 알게 되었어요.

그리고 육의 병도 마음의 병도 모두 치료를 받았어요.

인생은 쓴 게 아니라 달콤하다는 것을 깨달았어요.

사람이 태어남은 생로병사만을 겪기 위함이 아니라 일평생 육을 통해 하나님이 가르쳐 주신 사랑과 진리를 실천하기 위함임을 깨달았어요.

 

(하나님과의 대화를 가르쳐 주시는 훌륭한 스승)

 

생명의 기적은 모두 공통점이 있는데 바로 새 시대 훌륭한 스승을 만난 것입니다.

대만 기독교 복음선교회는 현재 의학회, 학술교수회, 법률회,체육평화 오케스트라,목광 실험연극, 공익봉사등 수십개의 단체가 있습니다.

문화,예술,체육,성경상고등 다양한 모습의 생활을 통해 세상사람을 향한 창조주의 사랑을 전하고 있습니다.

이 모든 것은 총회장 정명석 목사님의 구상에서 온 것입니다.

그는 베트남전쟁에 참가하여 전쟁의 참혹함과 전쟁 후의 가난함을 겪으면서 하나님께 진리를 배워 세계를 구원하기로 결심했습니다.

이전 1/1 다음
  • 고객센터
  • 사이트맵
  • 이용약관
  • cgm
copy
  • Yahoo
  • livedoor
  • Ameba