[鄭明析牧師による夜明けの箴言から] 5つのマイク
Translation : RS3987




私が1983年だったか、スキー場に行った時、

約3万ウォン余って、食べ物も買ってあげ、

他にも何か買ってあげようと歩き回っていたら、

いくつも買えなそうでした。

みんなたくさんいるのに... 


お金がないから、心もイマイチで、

お金があってこそ、みんなに良くしてあげられるんだなぁ。


お金というものが何なのか…


その時、神様が

「あなた、私とちょっと話そう」とおっしゃるのです。


大概、話そうと言う時、トイレで会うじゃないですか。

神様は人格的なんですね。


屋上で、扉が開いていました。

静かで、誰もいませんでした。

じっとしていました。


「あなたは今何を見ているのか?」

「はぃ、スキー場の青い芝生の草原で

絵のような家を建てて暮らせる場所を見ています。」


あぁ~

くまなく見てみると

一瞬にして神様が目を開いて見せて下さる時、

パーッと美しく見えるのです。

スキー場が物凄く格好良かったです。


この格好良い谷が、この美しいものが、

昔は本当にイマイチで、フクロウが泣いて、

コノハズクが寂しく泣いて、

ホトトギスがなくそんな谷だったと言うのです。

寂しく悲しい谷。

開発してあのように美しくなったのだと。


あの若者たちがあんな風に訪れて来るのを見てみなさい。

誰かが来いと言って来るのではない。

世界の若者が集まる谷になった。


“開発しなさい” 

“開発してこのようになったのだ”


“あなたは下りていって、人間を開発しなさい”


“芸術で開発して

信仰で開発させて

御言葉で開発させて

すべての美で開発させて

ファッションでみんな開発させなさい。


“永遠に錆びない人間を開発しなさいというプレゼントを持って

満遍なく万人にプレゼントしなさい。

御言葉を持って来ました。


その日行って3万ウォンでマイク4-5個を買って来ました。

その日の夜から土曜公開放送が始まったのです。


みなさんも続けて開発して下さい!

目を開いて続けて。

様々な面で目を開けて下さい。


これから続けて更に開発しなければなりません。


   1993年 9月 5日 鄭明析牧師の‘神霊な目を開けなさい’ 御言葉より




내가 1983년도인가 스키장 갔을 때
한 3만원 남아서 목걸이도 사다주고 .
뭐도 좀 사다줄려고 돌아다니는데 몇 개 못 사겠더라고.
얘들은 많은데...

돈이 없으니까 내 맘도 언짢구나.
돈이 있어야 얘들 돌봐줄 수 있구나.

돈이라는 것이 무엇인지...

그때 하나님께서
 “너 나 좀 보자” 그러더라고.

대개 보잘 때 화장실서 보잖아.
하나님 인격적이더라고

옥상에서
옥상 문이 열려 있었어요.
조용한데 아무도 없어요.
가만히 있었지 .

“너는 지금 뭘 보고 있느냐?”
“네, 스키장 그 푸른 잔디 초원위에
그림같은 집을 짓고 살 수 있는 장소를 보고 있습니다”

하~
두루두루 보니까
일순간에 하나님이 눈을 떠서 보여줄 때
확~ 아름답게 보이더라고 스키장이
너무너무 멋있어요.

이 멋있는 골짜기가 이 아름다운 것이
옛날에는 참~ 뭐같고 부엉새 울고 소쩍새 외롭게 울고
두견새 우는 그런 골짜기였다는거야.
외롭고 쓸쓸한 골짜기
개발해서 저렇게 아름답게 된 거라고 .

그 선남선녀들이 저렇게 꾸역꾸역 찾아오는 거 보라.
누가 오라고 해서 오는 거 아니여 .
세계에 있는 젊은이들이 모여드는 골짝이 됐어.

“개발하라”
“개발해서 이렇게 됐노라”

“너는 내려가서 인간을 개발하라”

“예술로 개발하고
신앙으로 개발시키고
말씀으로 개발시키고
모든 미(美)로 개발시키고
패션으로 다 개발시켜라.”


“영원히 녹슬지 않는 인간을 개발하라는 선물을 갖고 와서

골고루 만인에게 두고두고 선물하라”
말씀을 가지고 왔어요

그날 가서 3만원 갖고서 마이크 4-5개 사가지고  왔지.
그날 저녁부터 토요일 공개방송이 시작된거여.


여러분들 계속적으로 개발해!
눈을 떠 계속적으로.
이지가지로 눈을 떠요.

앞으로 계속 또 개발해야 되겠습니다.

   1993년 9월 5일 정명석 목사의 ‘신령한 눈을 떠라’ 말씀중에서




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