말씀_설교말씀

見てはじめて見えるように、考えてはじめて見える

본문 .

 

 

 



[御言葉] 鄭明析牧師

[本 文] 箴言4章23節

油断することなく、あなたの心を守れ、命の泉は、これから流れ出るからである。


ハレルヤ!

永遠でいらっしゃる神様の愛と御子の平安を祈ります。


人は目で見てはじめて見えるし、見ていないものは、見えません。これと同じく、考えも、見てはじめて見えるし、考えてはじめて見えるし、感じられます。これが<考えの核心>です。


考えなければ、存在しても見えないし、目に見えても感じられません。しかし考えれば、目に見えなくても見えるし、感じられます。<料理をどうするか>によって「食べ物の味」が左右されるように、<考えをどうするか>によって「心の味」が左右されます。


<人間の脳>は考えるとおりに形成され、考えるとおりに見えます。<自分が好きな食べ物>は見た目にもおいしそうに見え、食欲もわくように、自分が考え、自分が好きなとおりに見え、感じられます。だから他の人は「普通」に思うのに、自分はそれが好きだから「最高」と思うようになります。


また、分からずに見たら、見ても分かりません。ある人に会ったけれども、自分が会いたがっていた人だと分からずに会ったら、会って顔を見たのに、知らずに通り過ぎます。新約時代のイエス様のように。だから自分が願っていて考えていたことを感じられません。


神様は<人間の脳>を「流動性」を持たせて創造しておきました。いろいろ考えて光を放って生きることができるようにされました。だから考えるとおりに、好きなとおりに<考え>が動き、<脳>が作動します。


このような<脳>をしっかり発達させるためには「霊の考え」で生きなければなりませんが、祈って、いつも御言葉を通して「三位の考え」を受けてこそ、次元の高い生を生きるようになります。


みなさんみんなに<聖三位と主の強い考え>が入って、<肉の考え>を治め、力強く行なうことで、毎日勝利し、次元を上げる御働きが起こることを祝福します。


<2015年 8月 19日 鄭明析牧師の水曜御言葉より>

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날짜
2015/08/21 12:47:27