[御言葉] 鄭明析牧師
[本 文] エゼキエル書4章6節
『あなたはその期間を終ったなら、また右脇を下にして寝て、ユダの家の罰を負わなければならない。わたしは一日を一年として四十日をあなたのために定める。』
<肉体>が実践しなければ、合っているのか、合っていないのか、こんがらかります。 <実践>すれば「答え」が分かるようになります。
初めて行って見る「天然の洞窟」がありますが、<入っていく実践>をしなければ、その形と形象が分かりません。 気になって知りたければ、入ってみればいいです。 そうすれば「洞窟の形と形象」がどのようなものなのか分かるようになります。 このように、実践すれば分かるようになります。
<祝福>が前にあっても、<得るべきもの>が前にあっても、<希望と甲斐と喜び>が前にあっても、<実践>してはじめて「自分のもの」になります。
速く実践すれば速く得るし、遅く実践すれば遅く得るから、速く判断し、速く実践して、得て享受することを願います。
しかしただで速く判断し、実践できるものではありません。 なにごとでも<神様の真理の御言葉>をもって行なってこそ、速く、正しく、神様の御心どおりに実践して得るようになります。
みんな神様の御言葉で自分に任された使命と責任を果たして、三位を愛して「主の道を備える」実践信仰人になることを祝福します。