新年が明ける前日、教会では新年を迎えるために大掃除をした。
私ともう一人の執事はミーティングルームを整理した。
あちこちから出所の知れない物がたくさん出てきた。
特に服関係が多かった。
バザーや行事の時に使った服が絡み合っていた。
まずは持ち主を探すために広告を出し、連絡が来なければ処分することにした。
しかし数日経っても連絡はなかった。
そこで果敢に処分することにした。
その中でいくつかの服は状態が良かったので、他の所に寄付しようと意見を集めた。
そのように整理する中で、目に付く服があった。
白いブラウスだが、おかしなことに気にいった。
「礼拝の時に着たら、とてもいいだろうな。」
整理する間も、続けて気になった。
「私のスタイルでもないのに、なぜこんなに気が向くのかな?」
結局、別にして倉庫に入れておいた。
数日後、教会の明け方の賛美の導きをすることになった。
家にある白い服は状態がよくないので、どうしようかと悩んでいた時に、
あのブラウスが思い浮かんだ。
その服を着て、明け方の賛美をうまく終わらせた。
次の日の午後、私の携帯電話にメッセージが届いた。
執事さん、そのブラウス誰の物か知っていますか?
あ、これ、捨てようとしていた服の中から残しておいたのよ。
本当ですか? 実は私が気をもんで探していた服なんですけど、
執事さんが着ているのを見て連絡しました。
あ、そうだったの。私が急いで着たまま家に帰ってきちゃったんだけど、明日持っていくわね。
ありがとうございます。
でも、本当に不思議。他の服は捨てられたり、他の所に寄付したりしたから、
もう教会にはないのに、この服だけ変に気になって残しておいたのよ。
わ、すごい! 本当に不思議ですね。主よ、感謝します。
不思議な出来事だった。
あれほど多くの服の中で、なぜあの服だけが気になったのだろうか。
持ち主が切実に探していたから、それが条件になり、真心になって、めぐりめぐって
結局持ち主に戻ったようだった。
白いブラウスは結局、持ち主に出会った。
切実に探す人に、主は必ず働きかけられる。
もし失くしたものがあれば、それが物でも、心でも、人でも
切実な心で忘れずに探せば、今年は必ず見つけられるだろう。