すべての生命が待っていることがあるが、それはまさに命の恵みの雨だ。
地球の気候システムの中の一つで、1年中一定の周期で地球のヒマラヤからオーストラリアまで影響を与えながら巨大な積乱雲を形成し、ものすごい暴雨を連れてくるもの、それがモンスーンだ。
旱魃によりものすごく熱くなった地表面の空気が上昇すると、周辺の空気まで吸って風を起こして、湿った空気の熱い上昇で空には雲が起こる。この雲は、雨を伴って乾いた地に雨を降らせ、すべての生命が生きられるようにする変化を起こす。
モンスーンが連れてくる雨季が来る時までの旱魃を打ち勝つのは時に大変だ。しかしスマトラ島に住むオラウータンは自分が住まう周辺10平方キロメートルの林をすべて記憶している。
どの木に何の実がいつ実るのかを記憶している。
どの木に何の実がいつ実るのかを正確に分かり、その木に移動して実を採って食べながら、旱魃の困難に打ち勝つ。子供は母親と10年ともに暮らすが、その10年の間、母親の記憶は子供のオラウータンにそのまま受け継がれ、生存に必要な資産になる。
林には様々な気があるが、木の実が実るその時を逃さず移動する。
他にも自然の時を正確に知る動物がいる。モルディブのマンタだ。4メーターを越える巨大なマンタは、平素には単独生活をする。しかし、モンスーン気候を調節する重要な地域の中の一つであるチベット高原から引き寄せる力の影響で、モルディブの海には一時的にプランクトンが大量に発生する時がある。その時に正確に合わせて数百匹のマンタたちが集まってくる。数時間の間、晩餐で腹を満たしたあとはプランクトンはほとんどなくなり、来年を約束してマンタたちは散っていく。
動物たちは自分の時を正確に記憶して生存する。しかし、モンスーンが決まった時に必ず来るのではない。千年前、産業化が行われる前、最高の繁栄を遂げた王国があったが、それはアンコールだ。アンコールは、モンスーンが与える豊かさの上に立てられた王国だった。モンスーンの雨を集めて灌漑(かんがい)技術を発達させ、これにより農業生産力が高まり、全盛期の時は百万人に迫る人口に至った。しかしモンスーンが定期的に来ないので、百年ほどの勢力が弱くなり、深刻な旱魃に苦しむ。旱魃は飢饉にまで至り、これにより繁栄の時期も幕を下ろすようになる。灌漑施設は、モンスーン気候に合わせて設置されたので、激変した気候の変化に生き残るには力不足だった。王朝は崩壊し、森がアンコールを飲み込んだ。
動物でも人でも、気まぐれな気候に依存して雨がやってくることを願う。国の経済と生計が、雨にかかっているのだ。
そのようにモンスーン気候のときが来たら、旱魃がなくなりすべての生命が蘇生し変化を迎えるように、今は天が巨大な雲を起こしているときだ。まさに真理の雲、聖霊の雲を大きく起こしている。
天のときを良く迎えなさい。そうすれば、生命が生き返るだろう。プランクトンを食べたマンタのように、人生の中で変化を迎えるのだ。数千キロ離れたところまで空気を吸うモンスーン気候のように、この時代の新しい御言葉は、地の果てにあるすべての世界と民族を呼んでいる。
モンスーンが本格的に来る前に、雨季の前触れを見せるように、新しい時代のしるしはだいぶ前から現れた。
自然とは切っても切り離せないことが私たち人間の生であるように、神様の新しい時代、新しい御言葉の歴史とも、切っても切り離せない。
この地球村は、御言葉がない飢饉でよろめく気候を抜け出し、真理と聖霊の恵みの雨が降り注いでいる新しい時代の気候に急速に変わっていっている。まさに今だ。