[エッセイ]
/母親/
愛と真心でいつも食べさせ、子供たちを育てる
母親たちはまさに天が送ってくれた愛の伝達者ではないか。
母の家に空のおかずの器を持って行った。
母は近くに住む私にしょっちゅうおかずを作ってくれる。
味付けが難しい大根のナムル、家庭菜園で育てた巨大なサンチュ、横に長めに育った南瓜、殻のまま凍らせてしまった貝、キムチ冷蔵庫にあったが間違って凍ったユジャ茶、熟しすぎて破裂した柿、すぐにでもご飯の上にのせて食べたい漬けたてのキムチ、良く混ぜ合わせたサムジャン、茹でて切っておいた乾し大根、りんごとみかんなどなど母がくれるおかずは新鮮で健康に良い。
そのおかずを持ってきたら、反省する気持ちになった。
私が子供たちにしてあげているおかずは冷凍食品、インスタントが多い。
時間がないことを言い訳にして、子供たちが良く食べないからと言い訳して、怠けを言い訳にして、あれこれ理由をつけて簡単に料理できるものを食べさせている。
夕食は大根のナムルとサンチュ、サムジャン、貝のスープ、漬けたてのキムチ。
誰も食べない。昼に残ったトッポキがあったので、そこに餅を追加して温めてあげたらそれだけをずるずるっと食べて席を立つ子供たち。
私一人玄米ご飯をサンチュにのせてサムジャンをのせて大根のナムルをのせて口が裂けるほど、何度も食べた。このような料理はたくさん食べても負担がない。
いつになったら子供たちがこの味を知るようになるか。
私も今の母の年になったら子供たちに袋ごとに真心のこもった料理を入れてあげることができるか分からない。その時ごとにキムチを漬けて送って上げられるか疑問だ。
愛と真心でいつも食べさせ、子供たちを育てる母親たちはまさに天が送ってくれた愛の伝達者ではないか。
もう一度、母親が何か考えてみて、愛と真心の糧で私たちの霊魂と人生を食べさせてくださる聖三位に感謝しながら眠りにつく。