ひよこ科学コラム by 병아리

ひよこ科学者の科学コラム。科学を時代の御言葉で再びスポットライトを当ててみる新概念の科学コラム。

칼럼_완결칼럼_ひよこ科学コラム

進歩する科学、停滞する宗教


 日ごとに新しく発展する科学と、昔の伝統を固守する宗教part.01

進歩する科学

停滞する宗教


科学は、他のどの分野よりも開かれているように感じる



科学者たちが出した結果が、必ずしも信じるに値するものとはいえない。時には間違った研究結果を出しておいてあとから撤回したりもするし、長い期間固く信じていた事実が一瞬のうちに反証されたりもする。懐疑主義者たちは、科学を、信じることのできない不確実なものとしてみなす。しかし、いくら科学を疑う人だとしても、この世界を生きていきながら科学がもたらす恩恵はすべて享受しながら生きていく。

今、パソコンやモバイル機器を通じてこの記事を読んでいながらも、電子工学とIT技術の成果を無視できるのか? 隣の国に核爆弾が落ち、死の地になってしまったのを見ながらも、核物理学を抽象的な数学公式の集合としてしか見なせないのか? 国が、頭が痛くなるような科学という科目を義務教育で教える理由は、国民を苦しめるためではない。科学抜きには現代社会を語ることができないゆえ、そうしているのだ。

科学が、これほどまでに立派な成果を出すことができる理由は何だろうか? 理論物理学者であるリサ・ランドール(Lisa Randall、ハーバード大学教授)は、科学の特徴として「進化」を挙げた。科学者たちが未だはっきりと検証できずにいる領域については常に不確実性を含んでいるものの、全体としては組織的に前に進んでいくというのが、彼女の考える科学の本質である。

科学は、他のどの分野よりも開かれているように感じる。名の無い国出身の、名の無い科学者が出した結果だとしても、根拠さえはっきりしていれば、科学界はそれを受け入れるだろう。それまで信じていた事実とは反対であるとしても、快くそれを受容し、理論を修正していくことだろう。

もちろん、権威主義が全く無いわけではない。しかし、科学は、現代社会において巨大な権威を持っていながらも、誰にでもその権威を超越する機会を許諾しているのだ。絶対権威に値する理論だとしても、それに反する証拠が出てくれば、即座に権威の座から降りてこなければならない。


科学は進化し、進歩する。これに対して、「宗教」はどうだろうか? 進歩と発展の表象が科学だとすれば、停滞と既存性の表象は「宗教」である。日ごとに新しく発展するものが科学だとするならば、宗教は数千年前の考えのうちに留まっている。ある面においては、むしろ退歩しているのかもしれない。

仏教の頂点は、お釈迦様とその弟子たちが生きている時であり、キリスト教の頂点は、イエス様とその弟子たちが生きている時だからだ。同じ地球村に生きていながらも、社会と断絶されたまま、原始人の生を生きる人たちがいる。このように、世の人々が見るときに、宗教人は原始人と同じように見え得る。教理から外れたものであれば、世の中と断絶し、固執をもって昔の考え方を固守するからだ。

知性人なら、このような見解に大概同意するだろう。しかし、鄭明析牧師の教えによれば、宗教は進歩する。今この時点だけを見ると、理解できないだろう。しかし、聖書の変遷史を通して今の聖書に至るまでの過程を見るならば、宗教がどのように変貌し、進化してきたのかを知ることができる。


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날짜
2016/07/08